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BULLET CLUBの歴史を振り返る【メンバー入り時期をまとめ】

投稿日:2020年4月12日 更新日:

こんにちは、こんばんは。

KEIです。

BULLET CLUBは、12人の選手で構成されています。

メンバーは指でピストルの引き金を引くポーズを見せることが特徴で、

「イッツ・リィィィィアル!」が設立初期からの決めセリフです。

巣立った選手は結構世界で名を上げています。

今回は、BULLET CLUBの現メンバーに至るまでの経緯をまとめてみました。

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【BULLET CLUB創設・リアル・ロックンローラー時代】

はじめにBULLET CLUBの創始者は、現・フィンベイラーのプリンス・デヴィットバッドラック・ファレが作りました。

そこに間髪入れずにカール・アンダーソンタマ・トンガが加入。この4人が一期生と呼べると思います。

プリンス・デヴィット(2013.5/3~2014.4/7)

創設者・初代リーダーがプリンス・デヴィットになります。

2013年4月7日、パートナーの田口隆祐を試合後に強襲し、バッドラック・ファレが乱入。

同年5月3日の福岡国際センター大会後のバックステージコメントでBULLET CLUBを命名。

俺たちは最高にデンジャラス、この男・ファレもデンジャラス! いいか? 俺たちのユニット名はBULLET CLUBだ。これから、日本中を“リアル・ロックンロウラー”の渦に巻き込んで行く!

2013年5月3日プリンスデヴィットのバックステージコメントより

BULLET CLUBとして、2013年のベスト・オブ・スーパーJrを全勝優勝・IWGPヘビーにも初挑戦しました。

2014年4月6日の両国国技館大会を最後に新日本プロレスを離れ、BULLET CLUBも脱退となりました。

バッドラック・ファレ(2013.5/3~現在)

2013年4月7日にキングファレから、バッドラック・ファレへ変貌し乱入し、デヴィットと共にBULLET CLUBを結成。

ジ・アンダーボス→ザ・ローグジェネラルとして、常に裏ボスを務めています。

2014年6月には中邑真輔からIWGPインターコンチネンタル王座を獲得しました。

カール・アンダーソン(2013.5/3~2016.2/20)

優良外国人レスラーの立ち位置から一変。

2013年5月3日の福岡国際センターの棚橋戦後にデヴィット・ファレが乱入し、その場で結託。

同年11月に合流したドク・ギャローズとのタッグでIWGPタッグを2度戴冠。

参謀的位置でマイクアピールするなど、シングル戦線でも成績を残していました。

2016年2月20日のIWGPタッグタイトル戦で敗れたのを最後に新日本プロレス退団及び脱退しました。

タマ・トンガ(2013.5/3~現在)

カールアンダーソンと同じタイミングで加入。

バッドラック・ファレと共に現在残っている初期メンバー。

カールアンダーソンが脱退してから、参謀的立ち回りをしています。

・2月14日新潟アオーレ長岡大会のIWGPタッグ戦にカールアンダーソン、ドクギャローズが敗北後行ったマイクアピールです。

「オマエは俺の友だちを倒した!マカベ、ホンマ!俺はオマエたちにチャレンジする!俺のパートナーは新たなBULLET CLUBメンバーだ! オマエらを叩きのめしてやる!」

新日本プロレス公式サイトより 2016年2月14日

2016年3月27日の真壁刀義戦に実の弟タンガ・ロアを乱入させ、タッグを結成。G.O.DとしてIWGPタッグ・ROHタッグ王座を獲得しています。

ドク・ギャローズ(2013.11.23~2016.2.20)

2013年11月よりカールアンダーソンのタッグパートナーとしてBULLET CLUB加入。

IWGPタッグの獲得、G1クライマックスへの出場など活躍。

2016年2月20日のIWGPタッグタイトル戦で敗れたのを最後にカールアンダーソンと共に新日本プロレス退団及び脱退しました。

現在はWWEにてカールアンダーソンとRAWタッグ王座を獲得するなど活躍中。

【BULLET CLUB成長期・フェノメナール時代】

プリンス・デヴィットの脱退後、2代目リーダーを務めたのがAJスタイルズ。

AJスタイルズがリーダーを務める時代に加入するのが、高橋裕二郎・チェーズオーエンズ・タンガロア、そしてケニーオメガです。

この時代でBULLET CLUBがベルトを総取りできた時期でもあります。

  • AJスタイルズ:IWGPヘビー
  • バッドラック・ファレ:IWGPインターコンチネンタル
  • 高橋裕二郎:NEVER無差別級王座
  • カールアンダーソン・ドク・ギャローズ:IWGPタッグ
  • ケニーオメガ:IWGPジュニアヘビー
  • ヤングバックス:IWGPジュニアタッグ

AJスタイルズ・ケニーオメガが加入したことにより、BULLET CLUBの勢いがより一層加速する時代でした。

AJスタイルズ(2014.4.6~2016.1.5)

2代目リーダー・AJスタイルズです。

BULLET CLUBを世界に浸透させ、一大ムーブメントに成長させたのがAJスタイルズと言えるでょう。

2014年4月6日の第6試合目に突如として現れ、オカダ・カズチカを襲撃しBULLET CLUBに加入しました。

同年の5月にIWGPヘビー級ベルトを一発で奪取。オカダ・カズチカのリベンジもかわし、一気に新日本プロレスのメインイベンターへ上り詰めました。

2016年1月5日にケニー・オメガからのクーデターに合いBULLET CLUB追放となってしまいましたが、

この時代の新日本プロレスを盛り上げた選手であることは間違いないです。

後に自身のインタビューでも自負できたと述べています。

新日本プロレスに来て、自分が生き返るような心地がした。そこでカール・アンダーソンやルーク・ギャローズ、様々な人々に会って……そう、もちろんバレットクラブのことだ。俺達はある意味団体をいい方向に変えることが出来たんじゃないかな。俺だけのことを言ってるんじゃなくて、俺たち皆がそのために多くのことをこなしてきたと思う。

Chasing Glory With Lilian Garcia 03/05/18 w/ AJ Styles

高橋裕二郎(2014.5.3~現在)

2014年5月3日の福岡国際センターで、オカダ・カズチカvsAJスタイルズの試合に乱入し、CHOASを裏切りBULLET CLUBに加入。

前哨戦から試合後一人で帰ってしまうなど不穏な空気があったが、まさかの裏切り劇を見せました。

実況で叫ばれた「裏切りの東京ピンプス!」も含め、新日本プロレスの歴史に残る印象に残したと言えるでしょう。

次期シリーズでNEVER無差別級王座を獲得。

現在もBULLET CLUBで異才を放っています。

タンガ・ロア(2016.3/12~現在)

2016年3月27日の真壁刀義戦に乱入し、BULLET CLUB加入。

4月1日に初参戦し、4月10日の両国国技館大会でIWGPタッグ王座に戴冠。

兄・タマ・トンガとIWGPタッグ王座を6度戴冠。

現在最多戴冠数を天山広吉・小島聡と並ぶタイ記録を持っています。

【BULLET CLUB動乱期・THE ELITE時代】

3代目リーダーがケニー・オメガ。

AJスタイルズに対してクーデターを起こし、ケニー・オメガがリーダーを名乗るようになりました。

「AJ、俺たちがお前にビッグマッチの舞台を与えたんだ。俺たちがPPVの中心に持っていったんだ。俺たちがお膳立てしてきてやったんだぞ。その代わり俺は、Jr.ヘビー級に押し込まれていた。みんな、お前のことをリーダーだと言う。お前のことをボスと呼ぶ。AJ、お前がそうだと思っているなら、それはこの瞬間で終わりだ。」

新日本プロレス公式サイトより 2016年1月5日後楽園ホール

ケニーとヤングバックスで、BULLET CLUB内のユニットとして「THE ELITE」のトリオを結成します。

革命的なケニーがリーダーになったことで、内紛抗争が激化する時代です。

Codyとの覇権争い。THE ELITE vs BULLET CLUB OGの分裂。

BULLET CLUBの動乱期と言えるでしょう。

ケニー・オメガ(2014.11.8~2018.10.30)

3代目リーダーのケニーオメガ。

2014年11月8日に新メンバーの「ネクストIWGP Jr.ヘビー級チャンピオン」として、カールアンダーソンから紹介され、加入。

AJへのクーデターを起こすまではジュニアとしてBULLET CLUBで活躍。

ヘビー級に転向すると、数々の革命を起こします。

  • 外国人レスラー初のG1クライマックス優勝
  • 史上初のラダーを使ったIWGPインターコンチ王座戦
  • 時間無制限3本勝負や3WAYのIWGPヘビー級戦

この時期、新日本プロレスのメインストーリーをBULLET CLUBが掴んでいたと言えます。それはケニーオメガの功績です。

2018年1月5日に失敗に終わったもののジェイホワイトを勧誘しました。

ジェイ、俺はオマエの中に可能性を見出しているんだ。オマエの中には世界がある。まるで2015年のザ・クリーナーを見ているようだ。オマエの中にはコンプリートなパッケージが出来上がっている。だから、オマエをBULLET CLUBに迎えよう。BULLET CLUBのスイッチブレードだ」

新日本プロレス公式サイトより 2018年1月5日後楽園ホール大会

2018年頃から始まった内紛抗争を期に、THE ELITEとして脱退。

2019年1月4日の東京ドームを最後に新日本プロレスからも離れています。

現在は、THE ELITEのメンバーと新団体AEWを設立しています。

マット・ジャクソン(2013.10/25~2018.10/30)

ニック・ジャクソン(2013.10/25~2018.10/30)

2013年10月25日にマット&ニックのセコンドとして、デヴィット、アンダーソン、ファレが登場したことで、新メンバーに加入。

2016年代はケニーとのトリオでTHE ELITEを結成。

IWGPジュニアタッグを7度戴冠するなど、IWGPジュニアタッグとIWGPタッグを同時戴冠した実績も。

2018年頃から始まった内紛抗争を期に、ケニーオメガについていく形でTHE ELITE側として脱退。

アダム・コール(2016.5/8~2017.5/12)

2016年5月8日、ROH&新日本の共催興行のメインイベントであったジェイ・リーサルvsコルトカバナにヤングバックスと乱入し、

「俺がBULLET CLUBの新メンバーだ!」と名乗り加入。

2017年5月12日のセミファイナルで、マーティ・スカルの加入と同時にヤングバックスから制裁と追放を受け、脱退。

現在はWWE・NXTで活躍中。

ハングマン・ペイジ(2016.5/9~2018.10.30)

2016年5月8日のメインイベントでROH正規軍を裏切る形で加入。

棚橋弘至も認める人材です。

あと、ペイジ。ペイジは俺がツバつけたから。あんな素材、ほかにねーな。BULLET CLUBにいるのが、もっったいない! 俺に預けろよ? “毒気”全部、抜いてやるから!

新日本プロレス公式サイトより 2018年7月22日バックステージコメント

2018年頃から始まった内紛抗争を期に、ケニーオメガについていく形でTHE ELITE側として脱退。

ケニーオメガとAEWを設立する経緯で新日本プロレスからも撤退。

Cody(2016.12/10~2018.10.30)

2016年12月10日にケニーより新メンバー”アメリカン・ナイトメア”としてビジョンで紹介され、BULLET CLUB入りしました。

2018年1月5日の第5試合目に飯伏幸太への制裁をケニーに止められたことで、ケニーと覇権争いに発展。

2018年7月7日に収束しましたが、

2018年頃から始まった内紛抗争を期に、ケニーオメガについていく形でTHE ELITE側として脱退。

IWGP・USヘビー級ベルトの獲得やIWGPヘビー級王座にも合計3度挑戦するなど、類を見ないスター性を遺憾なく発揮してました。

現在ケニーとAEWを設立し、新日本プロレスからも離れています。

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